サーフボードを作るために必要な道具作りから始める、そんな時代であった。サーフボードが欲しければ自分で作らなければならない、なぜなら生計のためにサーフボードを作る者は誰もいなかったからだ。だから当時からパットは、アメリカ西部の開拓者のように支配的立場にいた。家が欲しければ自分で建てる、ワゴンが欲しければ木を切り事から始める。そして道具の使い方も知らなければならない。パットが息子のためにボードをシェープするのを見れる事は素晴らしい事だった。それはヴァイオリン作りのマスターが自分が演奏するために楽器を作るのと同じだ。 − Steve Pezman
父がハワイ・オアフ島のノースショアーへ1年間行った事から話は始まる。カリフォルニアに戻ると夏の間は、大波に適したデザインのボードを削っていた。そしてまたハワイへ行く、を繰り返していた。そんな事をしている連中が多くいたが父は飛び抜けて目立っていたそうだ。 驚くべき事に父は再びビッグウエーブに戻って来た。さらに加えると、父のボードは実際に芸術の域に達したもので、大波では今以て普遍のデザインである。あの大波をつかまえる為にパドリングが絶対的に不可欠である。
- Tom Curren
Chapter-5
Albert Falzon on Michael Peterson 「アルビー・ファルゾンが語るマイケル・ピーターソン」
Derek Hynd on the Evolution of Australian Style 「デレク・ハインドが語るオーストラリア流スタイルでのサーフィンの進化」
Garth Dickenson on Shane Herring and style
「ガス・ディッカーソンが語るシェーン・ヘリングとスタイルについて」
Martyn Worthington on the spirit of surfing
「マーティン・ワーティンソンが語るサーフィンの精神」 Chapter-6
Respect The Planet And The Creatures That Make It Their Home 「この地球と、ここを故郷とする創造物へ敬意を払う」